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勝浦儀彦、日本の宣教の扉は、開かれました!イエス戦隊集合です。

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私(勝浦儀彦)は、新宿シャローム教会で、救われて、ここの神学校レーマ聖書学院を卒業しました。 そして、 25 歳から、 3 年間は、新宿シャローム教会の献身者でした。 働きに燃え尽きて、バーンアウトしましたが、主は、学校の教員への道を開いてくださいました。 横浜市の教員になり勤務していましたが、今から10年前に、精神病性のうつになり、学校を 1 年間休職しました。 しかし、イエス様によって、病気から癒され、職場復帰できました。 それは、イエス様による奇跡でした。 その後、ソウル韓国オンヌリ教会での訓練、キリストの園インターナショナルで、霊的な闘いの訓練を 3 年間訓練を受け、韓国のインターコープで、世界宣教の学びを受け、台湾のリバイバリスト、張シオン師から、月に一度 9 時から 5 時まで、聖書の学びと、霊的な実践を、 1 年間受けて、イエス様から、フィリピン宣教のコーリングを受けました。 2015年 4 月より、単身で、フィリピンに向かい、聖霊様と共に宣教しました。 各地で、牧師の協力者が与えられ、セブ島、ダバオ、マニラで3つの教会を開拓しました。 現在、セブ島とダバオの教会を、弟子に牧会を任せています。 2016年の 8 月に、イエス様から、日本へ帰国する様に導かれ、今に至っています。 このイエスキリストは、 私たちの救い主です。そうして、私たちが死んだ後、天国への切符をくださる方です。 天国への切符は、確かに発券されています。 聖書の大切な教えを、わかりやすく書いた電子書籍です。 私の精神病から、癒された実話もあります。 クリック↓ https://bookwalker.jp/author/113345/

5月20日ペンテコステの礼拝後、東京プレヤーセンター所長が、語られたことは、私にとって、目からウロコでした。

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ペンテコステの礼拝後、東京プレヤーセンター所長が、語られたことは、私にとって、目からウロコでした。 ガラテヤ5章 22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 23 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。 24 キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。 25 もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。 「御霊の実を結ばせるのは、なぜか?」と和気先生に聞かれました。 「イエス様の香りを放つため」と答えました。 和気先生は、「御霊の実を結ぶのも、宣教のため」と答えられました。 私は、「えー!」でした。 同時に「そうか!」と思いました。 私が、日々の生活で、御霊の実を結んだら、イエス様の事を伝えやすくなりますね。 そして、1コリント12章 3 そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。 4 霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。 5 務は種々あるが、主は同じである。 6 働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。 7 各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。 8 すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言、 9 またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物、 10 またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力、またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている。 11 すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。 聖霊の賜物は、なぜ与えられるのか? 宣教のためですね。 全ては、聖書が語る、神は愛である事を、人々に知らせるためです。 聖書全てが、語っていることは、人が滅びに至らないで、救われることです。

誰にも相談できない悩みを、解決するには?

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ある牧師のメッセージから 先日『リンゴとミカン』というエッセイを読みました。 78 才の古垣内さんという方のエッセイです。 少年時代彼は人口 500 人という村で生まれ育ったのです。 お父さんは小学校の先生でしたが、あるとき 2 歳年下の元田という青年教師が赴任して来たのです。 年齢も近く 2 人は実の兄弟のように親しくなり、元田先生は古垣内さんの家にホームステイします。家族の一員のように仲良くなっていったのです。 ミカンとリンゴを送りかわす約束 ところが 5 年後、元田先生のお父さんが突然亡くなられ実家のリンゴ園を継ぐために長野に帰って行かれたのです。 張り合いをなくしたのか、お父さんも 2 年後に教師をやめ、先祖代々続くミカン作りを始めたのでした。 お父さんは自分が育てたミカンを元田先生に送りました。そして箱の中に「これから毎年、生きている限りみかんを送る」と手紙を入れたのです。 すると元田先生からも木箱に入ったリンゴが届き、「僕も一生涯先輩にリンゴを送ります」と書いてきたのです。 それから毎年、和歌山と長野の間をミカンとリンゴが行きかったのです。 あるときお父さんがお母さんに言いました。「俺が死んでもミカンを送り続けてやってくれ。彼は気が弱いからショック死するかもしれんからなあ。」 お母さんは「必ず守ります」と約束したのです。 何事もなく 20 年が過ぎたとき、お父さんは突然倒れて帰らぬ人になりました。しかし、お母さんはこの事実を伏せてミカンを送り続けたのです。 何も知らない長野からはリンゴが届きます。そうして 7 年たったときお母さんが言いました。「最近林檎に手紙が入ってないわねえ。」 そこで彼は元田先生宛に事情を打ち明けた手紙を送るのです。 奥様から届いた返事には、実は、主人も 7 年前に亡くなっていたのです。 でも死の直前「俺が死んだのを兄貴に知らせるな。あの優しい人のことが心配なんだ。」それで言われた通りにしてきたのです。 それからお母さんと奥さんとの間でミカンとリンゴの往来が始まったのです。 しかし、やがて奥さんからもリンゴが届かなくなりました。奥さんも亡くなられたからです。

ミャンマーの仏教僧が、仮死状態で、地獄と天国を知る!

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ベトナムホーチミンへの宣教 仏教僧が、クリスチャンになり、宣教に励み、多くの仏教僧を、主イエス様に導いた証です。 This is the  testimony in English ↓ Click here https://youtu.be/ASVh-Fd2jAk 2018年5月5日 鎌倉大仏前での福音宣教は、こちらです↓ https://youtu.be/_OpzSIbmsHg